後詰決戦のロジック

“後詰決戦”は、戦国社会の基本ロジック。
 
斉藤道三、上杉謙信、武田信玄、織田信長、毛利元就など戦国大名は、配下の小領主や同盟者の城が攻められると、救援に出向く。この救援活動を“後詰”と言う。侵攻して城を包囲している攻者の、後方から戦いを仕掛けるからである。
 
包囲している侵攻軍は、後詰軍が来るとただちに向かえ打ち、駆逐しなければ攻城目的が果たせない。このために攻城軍と後詰軍との間で戦闘が勃発する。この戦いを“後詰決戦”と呼ぶ。
 
戦国期、在地領主が、戦国期戦国大名に所属するということは、史学で言う封建社会構造とは違う。戦国大名に属している在地領主の多くは、その戦国大名から領地を貰ってはいない。大きな軍事力の傘の下に入り、その庇護を受ける立場である。いわば、集団安全保障体制に組み込まれた姿なのである。この社会構造の結果、戦国期の戦いの多くが“後詰決戦のロジック”で戦われる。
 
後詰決戦のロジックで合戦を観察すると、見えてくるものは多大である。