天皇の防空壕(参謀本部付属会議室)

平面レイアウト

防空室へは地主山北方を東西に走る道路から、斜面を掘削して作られた
アプローチ通路を通る。
入口は鉄の扉で、扉の中が地下施設となる。
扉を入ると地下の「中通路」になる。
中通路には東西両端に入口が設けられている。

この中通路の鉄扉は防弾式ではなく、人の侵入を阻止する程度のものとなっている。
これは、この入口付近で爆弾が炸裂した場合、この鉄扉は爆風で吹き飛び、爆風は中通路を通過し、もう一方の端にある扉も吹き飛ばし、爆発エネルギーは外に抜け室内に爆風が入らない構造である。

中通路の南側が、本格的な防弾扉で隔離された防禦区画である。
この防禦区画の中には、天皇の居所である「御休所(おやすみところ)」と「次室」、「会議室」
「天皇専用水洗便所」「一般用水洗便所」「通信室」「機械室」が計画された。

耐弾設計の仕様

床下は1mの厚さのコンクリートのベタ基礎とし、その上に50cmのコンクリートの床層を設ける。
外壁は1.5m、内部の隔壁は1mで設計された。

最も重要な「御休所」や「次室」「会議室」は、その周囲に廊下や通信室・機械室を配置し、
外壁と内部隔壁とで二重に、または内部隔壁がもう一重加わり、三重に防禦される。

防空室の存在目的は航空機の爆撃に耐えることであり、そのためには天井部分の構造が
最も重要になる。

当時、重要施設を爆撃するには250kgから500kgの爆弾が使用されると考えられていた。
そのため、250kg爆弾に対して絶対安全、500kg爆弾に対しては、ほぼ安全な仕様、
とされた。

この耐弾仕様を満足させるため、防空室の天井は合計4mの厚さに設計され、
下から厚さ2mの鉄筋コンクリート、その上に厚さ1mの砂層、その上を厚さ1mの
鉄筋コンクリート層とした。

砂層は、上部での爆弾爆発時、天井が部分崩壊しない様に爆発圧力を広い範囲に広げる
“サンドクッション”である。


御休所・次室・会議室の三室の天井には、1インチの厚さの強化鋼板が用意され、
この上に前記の4mの厚さの天井構造が乗る。
4mの厚さの天井のさらに上部には15m以上の厚さに土を盛り、
自然地形に溶け込ませなければならない。

この盛土工事もただ土を盛っただけでは耐弾効果が低いため、20cmほど盛っては兵隊を一列に並べて、麦踏みの様に足で踏み固め、その上にまた土を盛るといった念のいった工法をとる。

この基礎部から隔壁・天井部の構築工事には第一師団の兵が動員されたが、兵の中に型枠加工・鉄筋加工・コンクリートミキサー運転の作業経験者が多数おり、決して素人集団の工事ではなく、完璧な仕上がりが期待できた。

この工事期間、吹上御苑の中だけでは作業面積が足りず、宮城の北の代官町通りを閉鎖し、
作業場とした。

当時作業場とされた代官町通り。

当時作業場とされた代官町通り。


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©Hisao Fujii