江ノ島要塞

以前から気になっている件があった。

私は神田の古本屋街を歩くのが好きである。
中学生のころから古本屋街で歴史関連の本を探して収集していた。
その神田で、20年以上前に買った地図がある。
第二次大戦中の旧日本軍湘南地域地図である。
昭和40年代以降も、当時の古本屋には旧軍の資料が、古紙の束になって積まれており、
この地図もその中にあった。

地図には、インクと色鉛筆で防衛計画が記入され、日米の攻防シミュレーションをしたもの
のようだ。
青色が日本軍、赤が米軍だ。

購入金額は忘れたが、この地図の存在は忘れずマップケースに入れたのを意識していた。

以前購入した旧日本軍の湘南防衛地図(部分)

以前購入した旧日本軍の湘南防衛地図(部分)

気になっていたのは、この湘南防衛計画地図は、果たして本物だろうか、と言うことである。
地図を引っ張りだし、観察し、江ノ島に注目した。
米軍は南方から湘南海岸に上陸する。
上陸のしやすさを考えると、江ノ島から高麗山まで15kmの、鵠沼海岸が最良である。

そして湘南防衛地図には、江ノ島に“大砲”の記号が記入されている。
この大砲は、米軍が迫ってくる南の方向を向かず、江ノ島の島影に隠れるようにして南西方面を向いている。
江ノ島は岩山であり、上陸しにくい。
だから米軍は砂浜の鵠沼海岸に上がるだろうと、想定しているのだ。

江ノ島は、西方の砂浜に上陸する米軍の、側面を砲撃するポイントにある。
旧軍の地図が示しているのは、江ノ島に砲を置き、鵠沼海岸に上陸しようとする上陸用舟艇を
砲撃する計画である。

江ノ島に隠れるように大砲の記号がある。

江ノ島に隠れるように大砲の記号がある。

確かに江ノ島に大砲を設置すれば、効果はあるだろう。
しかし江ノ島で戦闘を行おうという計画を立てたのは、終戦近くである。
物資も兵器も枯渇しようという段階ではないのか。
計画があっても、どれほどの事できたのか疑問である。
計画倒れのプランもあっただろう。

予測はさておき、江ノ島に行ってみることにした。
陸から江ノ島へは、砂州がつながり橋もあるので歩いて行ける。
しかし釣り人用に江ノ島の南岸と、片瀬川の河口を結ぶ“渡し舟”がある。

まずこの舟に乗って海から観察した。
海から見る江ノ島は、海岸から切り立った岩の崖に囲まれている。
ざっと20m以上の高さだ。
この岩崖の上に日本軍が陣地を構えていれば、米軍は江ノ島には敵前上陸する気には
ならないだろう。

その崖を良く観察した。横穴がある。いくつもある。
岩の崖をくりぬいて砲座を造ったようだ。これならば空襲にも耐えられる。

海上から見た江ノ島の西海岸

海上から見た江ノ島の西海岸

砲座が置かれた横穴

砲座が置かれた横穴

江ノ島に上陸し、早速横穴の位置に向った。
足場の悪い岩場を、上方の 横穴を探しながら歩いた。
あった。
海から見えた横穴がある、海からは良く見えなかったが、コンクリートで固められている。
砲座に違いない。
木の根に掴まりながら砲座まで崖を上る。
砲を置く空間がある。振り向くと鵠沼海岸が全て見渡せる。

砲座の奥にゆくと、曲がった細い通路が20mほどで裏側の谷に出る。
通路に横穴があり弾薬置き場らしい場所も確認できる。

コンクリートで固められた横穴

コンクリートで固められた横穴。 かつては、ここから砲身が出て、鵠沼海岸を射程範囲としていた。

「ナバロンの要塞」という映画があった。
岩崖の途中に横穴を掘り、巨砲を置いた砲台の攻防映画だ。
江ノ島の場合、砲の規模は小さいが、映画と同じプランが実現されている。
この江ノ島の西海岸には、コンクリートで固めた砲座と、素掘りの小口径砲の砲座がある。
周囲が岩崖の江ノ島は、昭和20年には要塞島だったようだ。
文献によると、江ノ島には15cm加農砲が8門あったことになっている。

終戦時シンガポール防衛のため陸上に設置された日本軍の砲

終戦時シンガポール防衛のため陸上に設置された日本軍の砲。 14cm砲であるが、「江ノ島要塞」にもほぼこれと同じ砲が設置されたと 考えられる。

旧軍の地図は、陣地構築の計画段階で鵠沼海岸攻防シミュレーションを行ったものかも
しれない。
シミュレーションで、江ノ島砲台が効果的な活躍をしたのか。
いろいろ思いをめぐらせるが、少なくとも旧軍の地図に記されたプランは、
予想を超える工事によって実現していると、確認した一日だった。

©Hisao Fujii