下田城

下田城(後北条氏の海軍基地) 静岡県下田市

この城は、後北条氏の海上勢力の城である。
北条氏は天正16年(1588)前後、豊臣政権との関係悪化にともない。
国境付近の城の整備を行った。

下田城は、伊豆半島の南端、下田湾を海上勢力の拠点とするため、この時点で大改修された
城である。
城は軍船を収容する入江の浜を防禦するため、塁壁が丘の稜線を利用して造られている。
この立地と構造からは、近代の軍港要塞を運用する戦略、戦術思想と共通するものが
感じられる。

天正18年、秀吉の小田原攻めにおいてこの城は、約50日間の籠城戦の後に開城した。
軍船を収容する入江の浜を防禦する稜線上の塁壁は、純粋に防禦に徹しており、
格式立った虎口構えは見られない。
下田城の「大手」は、あくまでも“海”なのである。

江戸期に下田城は廃城となっていたが、江戸幕府は非常時に下田城を復活し活用するため、
直轄地として管理した。

明治には皇室用地となる。
また明治中期には、日本海軍が石炭を集積し、非常時の石炭供給地となった。

第二次大戦末期には特攻艇の基地となり、地下壕や高射砲の砲座も残る。
下田城は戦国以降昭和まで、密かな軍事拠点でもあったのだ。

現在も海上保安庁が“城内”を利用している。

画は、城を南方から見たもの。

画は、城を南方から見たもの。

(新人物往来社『歴史読本』昭和63年8月に掲載より抜粋、加筆)

©Hisao Fujii