天女の舞

衛星
以前、CS放送関連の仕事で、フロリダのケネディー宇宙センターへ行った。
衛星の打ち上げに立ち会うためである。

フロリダの雲、ロケットは雷雲を嫌う

フロリダの雲、ロケットは雷雲を嫌う

夏のフロリダは、ハリケーンのメッカである。
天候に左右される衛星打ち上げは、日延べされることも多い。

フロリダ州の州都は、内陸のオランドである。
藤井は関係者と、オランドのホテルに居た。
オランド近郊には、ディズニーワールドもあり、観光客の多い町である。

打ち上げ数時間前のアトラスロケット

打ち上げ数時間前のアトラスロケット。液体酸素が注入されつつある

藤井は打ち上げを待つ間、オランドの町を「フィールドワーク」していた。
オランドは古い町で、ダウンタウンは車を使わず商店を回ることができる。
商店街のはずれに何と、古本屋があった。
米国にも古本屋があるのである。

米国の書店は、本の再販制度がないので、売れる本を仕入れ、売れ残り古くなると、
値下げして売りさばく。
なので、書店によって同じ本でも値が違ううえ、古い本も並ぶ。
口の悪い友人は、米国の一般書店を、古本屋のようだと言う。

しかし、オランドで見つけた古本屋は、日本の古本屋の概念を、ぴったり当てはめてよい。
店内は、積極的に明るくなく、ほこりと、古本独特の匂いも、日本の古本屋と変わらない。
この店は、藤井が米国で入った唯一の古本屋だ。
そこで、この「TIME」を見つけた。

『1945年5月21日号・TIME』

『1945年5月21日号・TIME』 $15 表紙のイラストの下には「エンペラー ヒロヒト」 「あとどれほどアナクロニズムが続けられるか?」とある。

あの有名(?)な『1945年5月21日号・TIME』である。
(すくなくとも、藤井は有名な「号」と思っている)

内容は、天皇と対日本戦争。
値段は“$15”当然購入した。

1945年5月8日、ドイツが降伏する。
これ 以降、米国の敵は日本だけになった。
「TIME」5月21日号は、日本と戦うだけになった段階で出版されている。

これまでに日本で、この「TIME」について幾つかのコメントが書かれている。
「敵国(日本)のトップについて書かれた記事だが、非難じみた表現が無く、平時の人物紹介に
近い内容」
「一国の元首の尊厳を損なわない配慮がみられる」
と言ったものである。

確かに「TIME」の記事は、科学者としての昭和天皇、スポーツマンとしての昭和天皇も
紹介され、丁寧な内容である。

天女

藤井は、画を描くことも多いので、内容を見る前に、表紙のイラストをじっくり見た。

天皇の後ろで天女が舞う。

天皇の後ろで天女が舞う。

実際の表紙を見ていると、細かなことに気付く。
表紙の昭和天皇が描かれたイラストは、いろいろな意味で見事と思う。

日本の人がこの5月21日号を、「悪くない」と評価するのは・・、少々難しい顔をした昭和天皇であるが、この表紙のイラストに悪意が見られないからだろう、と言った話も聞いたことがある。
編集方針が、記事からイラストまで、隅々にまで行き届いているのである。

しかし藤井はこう思っている、
個人の作家が描くイラストには、必ずその個人の癖や、感情が出る。
編集方針がいかにあろうが、作家自体がどの様な感情を持って描いたかが重要なのである。

この昭和天皇のイラストは、特定の写真をベースに描いたものではないようである。
作者は、多くの写真や、資料をもとに昭和天皇の顔つき、衣装、背景を描いている。
部分的不自然さは否定できないが、悪意は見えない。
藤井が思うに、この作者は東洋美術に詳しく、東洋美術が好きな人物である。

西欧人が東洋人の顔を描くと、何かしらぎこちない。
だが、ほぼ間違いなく昭和天皇が描けている点も評価できるが、その背景がおもしろい。

太陽と、雲と、天女が舞う。
作者は天皇を描いた同じ面に、その背景も描いている。

最近のグラフィックデザインのように、人物と別の背景を画面合成したものではない。
天皇も雲も天女も作者の作品である。

昭和天皇と背景は、同じ面に描かれている。

昭和天皇と背景は、同じ面に描かれている。

天女の足の表現にも感心する。
日本の絵巻物などで、天女が空を舞う表現に、足の裏を描くことがある。
足が、地に付いていないことを強調するのである。
空を舞う姿を描く時の“お約束”のようなものである。
天女のポーズが、決して足の裏が見えない方向を向いていても、無理やり足の裏を
描くのである。

天皇のバックの天女を見ていただきたい。

足の裏が見える。骨格的に無理なポーズで描かれる

足の裏が見える。骨格的に無理なポーズで描かれる

天女の足の裏が描かれている。
たまたまあった資料を、そのまま写した部分も多いのかもしれない。

だが、天女の手の動きは、作者のオリジナルのようだ。
細やかな指の表現も、様式的に正しく描かれている。

浮世絵に見る小指を上げた指が描かれる

浮世絵に見る小指を上げた指が描かれる

これだけ東洋美術に詳しい作者だったからこそ、微妙なバランスの昭和天皇が描けたのだろう。
しかし、時間はたっぷりかかった仕事だったと思える。

さて、改めてすごいと思うのは「TIME」の編集部である。
どれだけ前からこの号を準備したのだろうか。

イラストを描くべく作者を起用し、編集意図を伝え、意図どうりに完成したイラストと、昭和天皇の記事を持ったまま、ドイツ降伏を待っていたのである。
なかなかの人物達が、そこに居たのだろう。

もう一つ注目されているのが、この号の広告である。
多く紹介されているので、ご存知の方も多いが、日本の常識では、戦時とは思えない広告の質に驚かされる。


なかなかカラフルな広告であり、商品である。
藤井は「1945年5月21日号・TIME」について、知識としてはおおよそ事前に知っていたが、
実物を手にして、右脳にしっかり刺激を受けた。
この「TIME」は、オランドのフィールドワークで見つけた最良の史料だった。

ちなみに、主案件であった衛星の打ち上げは成功し、CS放送が始まるのである。
現代史の証人の役目も果たせた。

開戦

日米比較でもう一つ、開戦時の号外である。

開戦を伝える日本の号外

開戦を伝える日本の号外

米国の開戦時号外

米国の開戦時号外

日本の号外の、紙と印刷の悪さには驚かされる。
米国の号外は、きれいな紙が使われているが、これは、ハワイの博物館で売っているレプリカ。
あまり比較にはならないものではあるが・・・。

日本の号外内容は、ラジオや映画ニュースに出てくる軍の発表情報そのものであり、
新聞社側で書いた記事は皆無である。

©Hisao Fujii