支配拠点

琉球の支配層は、中国の王朝の統治儀式を自分なりに咀嚼して演出している。

首里城の正殿は防禦構築物ではなく、政庁であり、正殿とその前庭「御庭(うなあ)」の空間は、儀式の場である。
この空間は北京の紫禁城大和殿とその前庭を参考にし、縮小したものと伝わる。

城としての首里城は、この正殿とその前庭を守るように構成されている。
その組み合わせは、首里城のみに見られるものではなく、第一尚氏時代に尚氏の滅ぼされた御座丸(ござまる)の中城にも、阿麻和利(あまわり)の勝連城にも、正殿とその前庭の組み合わせが作られていた。

それらのグスクで按司は、家臣・司祭・同盟関係領主・盟主の使者と共に、軍事的・政治的・宗教的切り口を持った各種の統治儀式を行っていた。

同様なことは、第一尚氏時代までは弱小の按司にも求められており、
それらの空間で行われる儀式により王国内の階級維持、育成が図られたのだろう。

首里城のような大きなグスクから、無名の小さなグスクまで、本土の武家社会とは違った思想で構築されたグスク遺跡に、琉球文化を構成している流れの一つを見ることができる。

©Hisao Fujii