首里城

首里城は琉球史上、三山時代と呼ばれていた頃の中山王の居城であったが、
1406年(応永13年)南山の佐敷城と島添大里城を持つ巴志(はっし)に追われた。
以後、巴志の本拠地として三山統一(琉球統一)の拠点として位置付けられる。

首里城正殿と前庭(ウナー)

首里城正殿と前庭(ウナー)

首里城は周辺全体が、川などの自然の障壁によって囲まれた、隆起珊瑚礁の上の標高150mほどの所に築かれた城で、南西のには王国時代海外交易で賑わいを見せた那覇港を望む位置にある。
首里城は、沖縄県が発足した明治12年(1879)までの約500年、琉球王国の都城として
君臨した城である。

城の創建年代は不明であるが、首里城のことについて文献上はっきりしてくるのは、15世紀の前半からで沖縄最古の金石文に、1427年(称光34年:宣徳2)に建立された「安国山樹華木碑記」によると、首里城周辺に池を掘り、華木を植えたと記されており、尚巴志王(1422~1439)の代には王城として確立していた。

その後第二尚氏の尚真王(1452~1477)、尚清王(1527~1555)の代になり、
王城東南の石垣が二重にされ、今日見る王城に相応しい規模を誇る城が出来上がった。

首里城の外郭には四門、内郭には八門あり、これらの門を連ねる城壁は、琉球石灰岩の切石を高さ6~10m内外に積み上げ、外郭の門は石造拱門(石造りアーチ)を架け木造の櫓をのせていた。

首里城の正殿は、百浦添御殿とも呼ばれ沖縄最大の建築物で、高さ16.36m、外から見ると二層、内部は三層、面積1,355m、屋根は本瓦入母屋造り、正面は大きく唐破風造りにして建物全体が基壇の上に建てられている。

(首里城はユネスコの世界遺産となっている)

北面城壁

北面城壁

石垣と櫓門

石垣と櫓門

遠方は那覇市街

遠方は那覇市街

首里城正殿

首里城正殿

園比屋武御嶽(ユネスコの世界遺産)

園比屋武御嶽(ユネスコの世界遺産)

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