具志川城【久米島】

具志川城【久米島】(ぐしかわグスク)

久米島は、那覇の西方約100Kmに位置し、周囲53.31Km面積55.69Kmの島である。
この島には、具志川城をはじめとして宇江城(うえグスク)や伊敷索城(いしきさくグスク)などがある。
具志川城は、この島の北西海岸に突き出している琉球石灰岩の独立丘上に造られている。

具志川城(久米島)復元図

具志川城(久米島)復元図

18世紀に書かれた「琉球国由来記」には、「昔、仲地村の仲地にやと云うもの、具志川嶽に上り木を伐り船を造らんとす、要害にして地の利を得たるを思う、マダフツ按司、青名崎に城を築きかけたるに、仲地往きて按司に告げしにより按司は具志川城を築く」とあり、この城はマダフツ按司の築城と記している。

マダフツ按司の嫡子真金声(まかね こえ)按司の代になり、具志川城は伊敷策按司の
三男真仁古樽(まひと こたる)按司に攻め取られた。
真金声は沖縄本島に逃れ、現在の糸満市の海岸に城を造り具志川城と名付けたと伝わる。

城は、三方が断崖になり、大手は南側にもうけている。
天険要害の地に築かれたこの城は四つの曲輪からなる。
それぞれの曲輪は琉球石灰岩の石垣によって区画されている。
主郭には舎殿が造られたと考えられる基壇が残っている。

城内からは14~15世紀ごろにの輸入陶磁器が発掘され、海外貿易が行われていたことが
わかる。
現在、城の近くには「大和泊」と呼ばれる入江もあり、貿易拠点としてすぐれている。

©Hisao Fujii