幕末の戦い・砲台に配備された大砲

端軸要塞砲の構造と砲撃

幕末の日本で使用された最も一般的な沿岸砲台用の大砲は、端軸要塞砲である。
この砲は陸上砲台に設置することを前提に設計された砲架を用いている。
オリジナル設計は米国の技術であり、米国では沿岸砲台以外に、
内陸の堡塁でも使用されていた。

端軸要塞砲には口径は各種あるが、口径が違っていても、同様の砲架を用いている。
薩英戦争や、五稜郭戦争でもこのタイプの砲が使用されている。

現存のものとしては、「大阪城天守閣」に砲架上部と砲が保存されており、
近年木部を新材に変えたが、形態は以前のまま踏襲している。

下関の長府で、幕末に砲を鋳造していた安尾家には、80ポンド端軸要塞砲とされる
1/20模型が伝わっている。
この模型を見ると実用機能を全て備えており、当時米国の技術をマスターしていたことが
分かる。

安尾家に伝わる80ポンド端軸要塞砲1/20模型の図(作図/藤井尚夫)

安尾家に伝わる80ポンド端軸要塞砲1/20模型の図(作図/藤井尚夫)

この砲の構造は、木製の砲架が、(仰角調整用の)上部と、(旋回用の)下部とに分かれる。
下部は前方端を地上に固定した旋回軸に差し込み、後部の車輪で旋回する。

上部は頂部に砲耳が乗る。砲尾を仰角調整ネジで支え、仰角を変える。
前方下部の両側には車輪がつく。
車輪は、木製のスポークが張られたリングがそれではなく、リングの内側で、
砲架下部の木製レールに乗る部分のみである。
車輪に見えるスポークとリングは、砲を前後に移動させるハンドルである。
端軸要塞砲は口径に種類があるが、知られるかぎり全て前装式である。

砲撃を行うにはまず砲口から火薬を入れる。
この時代の火薬は布袋に入れられており、袋ごと砲口に入れる。
次に弾を入れる。多くは球弾である。
このとき、球弾が砲口から転がり出ないように、弾の前に布や藁を詰める。
火薬袋と球弾が一体化されたものもあり、長州ではこのタイプが使用され、
英軍に従軍した写真家ベアトが写真に収めている。

端軸要塞砲の組み立て図。

端軸要塞砲の組み立て図。

米国の端軸要塞砲

米国の端軸要塞砲

次に発射装置のセットになる。
砲の後方上部に「火門」と呼ばれる細い孔があり、砲口内の火薬位置につながる。
この火門からパウダー状の火薬を入れ、火門をいっぱいにする。
火薬を袋に入れてある場合には、火門針で火薬袋に孔を明け、火の通りを良くした後に、
パウダー状火薬を火門に入れる。
火縄点火式の砲であればこれで準備完了となる。
火門に火縄で点火すると発砲する。

雷管式の砲であれば火門火薬を入れた後、火門に雷管をセットし、火門槌を定位置に上げて
準備完了である。
発砲時には、火門槌落下ひもを引くと雷管が発火し発砲にいたる。

発砲時に砲は反動がかかり、砲架上部ごと、砲架下部の上を後座する。
空気圧や、バネでこの反動を吸収し、砲を復座させる「自動復座装置」が開発されるのは
もっと後のことである。

砲架上部が後座する時の反動を効果的に吸収するため、砲架下部のレールは
後方が少し上がった坂にしてある。
砲架上部は後座時に、この坂を上がることになる。

端軸要塞砲では、後座した砲架上部を、車輪についたハンドルを砲員が回して復座させるが、
復座時は坂になったレールを下ることになり、人力でも復座可能である。

馬関戦争で、フランス軍の戦利品にされた長州の砲。砲身上に毛利家の紋がある。
現在パリのアンバリッド内に展示されている。この砲も端軸要塞砲の砲架にセットされた。

(新人物往来社『別冊歴史読本』89年10月に掲載より抜粋、加筆)

©Hisao Fujii